最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)784号 判決 1968年2月20日
上告人
長惣右衛門
右訴訟代理人
北尾幸一
北尾強也
被上告人
森川産業株式会社
右代表者
森川栄一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人北尾幸一、同北尾強也の上告理由について。
福井人絹取引所の仲買人と売買委託者間のいわゆる普通契約約款である同取引所受託契約準則第一九条に、委託者が仲買人の指定した日時までに委託証拠金を預託しないときは、仲買人は任意に委託建玉の処分をすることができる旨定められていることは、原審の確定するところである。ところで、右規定は、委託者が委託証拠金を預託する義務を履行しない場合に、これによつて仲買人が損害を蒙ることを防止するため仲買人に委託建玉の処分権限を附与したものであり、仲買人にこれを処分する義務を課するものではないと解されるのであつて、この規定の趣旨に照らせば、仲買人が委託者に対し、一定の期限を指定して委託証拠金の不足額を支払うよう催告し、併せてその期限までに右証拠金を支払わないときは委託に基づいて買い付けた建玉を仕切る旨を通知したからといつて、仲買人は、右期限内に証拠金の支払がなされなかつた場合、これにより当然、右期限の経過した日に建玉を処分すべに債務を負担するものと解することはできず、また、委託者に処分すべき日をとくに通告した等特段の事情のない限り、仲買人において、その期限後直ちにこれを処分しなかつたことによつて生じた差損金の支払を委託者に請求しえないと解することも相当でない。そうであれば、これと同旨の見解に立ち、被告人が上告人に対し、昭和三二年一月二九日付郵便で、上告人が委託証拠金の残金一四万円をその週のうちに支払わないときは、本件買付委託に基づいて買い付けた合計三〇枚の建玉を仕切る旨通知したことによつて、被上告人が上告人に対して同年二月三日に右三〇枚の建玉を仕切るべき債務を負担したということはできない旨判示して、被上告人の本訴請求を認容した原判決は正当である。したがつて、原判決に所論の違法はなく、右と異なる所論は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)
上告代理人北尾幸一、同北尾強也の上告理由
第一点 原判決には次の如き明らかに判決に影響を及ぼす審理不尽の違法並に理由不備の違法があり破棄を免れないものである。
一、上告人が被上告人に支払うべき売買差損金は昭和三二年二月三日現在の建値によつて計算されるべきであるとの上告人の主張に対し、原審は、被上告人に対し昭和三二年一月二九日付郵便で、上告人が証拠金残金をその週のうちに支払わないときには買付けた合計三〇枚の建玉を仕切る旨の通告を為し右郵便はその頃上告人に到達した事実、及び右通告記載の期限内に上告人が被上告人に対して委託証拠金の残金一四万円の支払(預託)をしなかつた事実、及び被上告人が昭和三二年五月二八日まで建玉を処分しなかつた事実を認めていながら、被上告人が右通告を為したことによつて、被上告人が上告人に対して昭和三二年二月三日前記買付委託に基いて買付けた三〇枚の建玉を仕切るべき法律上の債務を負つたと解することは出来ないとの単純なる解釈によつて結論を出しているが、右のように解すると仲買人は仕切りの通告にも不拘右建玉の処分をそのまゝ放置しておいて、価格の変動によつて利益を上げた場合には委託者に対し通告した日時に於て建玉を処分したと称してその間の利益を着服し、損失が増加した場合には増加した損失をそのまゝ委託者に追求するという仲買人の恣意を許すことになる上、委託者としても指定の日時までに委託証拠金の支払を為さない事実により、その時点に於て建玉が仕切られたものと思つているのであるから、右委託者の期待に反し委託者が全く関知しないところの仲買人の勝手な建玉処分行為により増加した損失についても委託者が責任を問われることは、仲買人の通告の効果を余りにも無意味に解するもので、意思表示の解釈に於て重大な誤りを犯す結果となる。
従つて仲買人が委託者に対し「ある日時までに証拠金の追加支払を為さないときには委託建玉を処分する」旨の通告を為し、委託者が仲買人の指定する日時に証拠金の差入を為さなかつた場合には仲買人は右日時に於て建玉を処分すべき権利を取得すると同時に、相当の理由なくして右処分を延期したときはこれにより増加した損失については委託者に対してその責任を追求することが出来ないと解すべきものである。(東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第五二五一号昭和三四年一月二四日判決)
そうだとすれば、原審は前述の如く被上告人の通告期限である昭和三二年二月三日に建玉を処分することなく、同年五月二八日まで三ケ月以上も処分を延期した事実を認定しているのであるから、まず被上告人が昭和三二年二月三日に建玉を処分しないで、同年五月二八日まで延期するについて相当の理由があつたか否かを審理判断し、相当の理由があつたという事実が立証されない限り上告人が被上告人に支払うべき売買差損金は昭和三二年二月三日現在の建値によるべきだとする上告人の主張を認容すべきものであるに不拘、右の点について何等の審理判断を為すことなく前述の如くたゞ漫然と前記買付委託に基いて買付けた三〇枚の建玉を昭和三二年二月三日仕切るべき法律上の債務を被上告人が上告人に対し負つたと解することは出来ないとの理由のみで上告人の主張を排除していることは、判決に影響を及ぼす明白なる審理不尽の違法並に理由不備の違法があるといわねばならない。